発達&双極性障害持ちでも生きていける!

発達障害と双極性障害を持っている男です。こんな俺でも何とか生きているよ!という話を中心に、さまざまなことを題材に情報を発信しています。

積み上げていくことは何よりも勝る

どんな仕事でも、勉強でも、行動でも、日常生活においても、積み上げていく作業は驚くほど地味で、一見すると何の華やかさもありません。

 

でも、毎日だらだら過ごした10年間と毎日一生懸命努力した10年間では、驚くほどの差が生まれているでしょう。

 

これが学生時代ならなおのこと。

真面目に勉強をがんばっていた人は偏差値の高い大学に進学し、選べる進路も広がります。

遊んでばかりいて、勉強をあまり頑張ってこなかった人は、学生卒業後に選べる進路も狭くなってます。

 

偏差値の高い大学に進学し、有名企業に就職することが=幸せではありませんが、選択肢が増えるという点においては、偏差値の高い大学を選ぶ価値は十分あります。

 

また、自分が何のジャンルに興味があるのか?

どんな仕事が好きなのか?どんな作業が好きなのか?そういったことを見定める期間にもあてることができます。

 

でも、僕は高校中退の低学歴人間です。今になってもっと若い頃から積み上げてきたら良かったなぁ。と人生の大きな過ちとも言える後悔をしています。

 

高校中退してから、すぐに仕事を始めたので、周りの友達の誰よりもお金を持っていました。

実家にお金を入れろと言われても、2万円くらいしか入れてなかったように覚えています。

 

遊びまくり、お金を浪費し、全国を転々と放浪し、地元では恨みを買いすぎて住めなくなくりました。

 

友達、家族、彼女、知り合いを裏切り続けてきたような人生だったと思います。

本当にあのときは申し訳なかった。

と心の中から謝りたい気持ちもありますし、自分の行動や言動があまりにも幼稚で、浅はかで、刹那的に生きすぎていたんだなと思います。

 

 

現在は嫁と知り合ってから、5年以上の年月が過ぎました。

去年くらいまでは本当に毎日が大変で、パチンコに行くために嫁の財布からお金を盗んだり、嫌なことがあれば失踪し、何かあれば警察を呼ぶという、本当に関わってはいけないレベルの人間だっと自負しています。

 

そんな僕が今年の夏頃から、本当に真面目に仕事に取り組むようになり、(失敗ばかりだけど)勉強もしっかりこなしているので、自分自身に何があったんだろう?

と疑問が浮かんできます。

 

多分、ストラテラという発達障害の薬の量を増やしたのが、功を奏したのかなと思っていますね。

 

朝8時頃に起きて、23時頃まで仕事と勉強するのが日常になり、ゲームやパチンコに興味がなくなりました。

ついでに宝くじにも興味がなくなりましたね。ラッキーで得た1億円よりも、実力で稼いだ10万円のほうが嬉しいと僕は思います。

 

お金の使い方を知らない僕が1億円当たったとしても、どうせ破滅するに決まっています。無駄に時間とお金を浪費し、身の丈に合わない生活に慣れてしまい、お金がなくなっていっても、プライドだけが残り、生活水準を落とさず、無理な商売を始めて破綻して終わりっていうのが目に見えています。

 

だから、他力本願で得るお金よりも、実力で確実に得られるお金を増やしていくことに意義を感じます。

それこそが積み上げていく喜びです。

 

今まで積み上げてきたものが皆無な僕にとって、今の日常生活は本当に充実している感じがします。

人間らしい生活をしている感じがします。

達成感があり、希望があり、絶望して、それでもめげずにまた頑張って、また失敗しtて、同じ失敗を繰り返して、それでもまた頑張り続ける。そして本当にしんどくなったときに少し休む。

 

精神的にはとっても、成長できる毎日だと僕は感じてます。

楽しくもあり、辛くもあり、複雑な感情ですね。でもこれが責任を負うってことなのかなぁって最近ぼんやり考えるようになりました。

 

今まで仕事は自分のためにするものだと思っていましたが、それでは世界が広がりようがありません。

仕事を語れるほど仕事をしていませんが、ある本の受け売りで、仕事とは相手の欲求を満たすこと。と書かれてあります。

相手の欲求を満たす=相手を喜ばす=自分も嬉しい。

この図式がビジネスで成り立てば、仕事が自然と大きくなっていき、得られるお金も増えていくと思いますし、うちの嫁は上記のことを僕なんかより深く深く理解している人なので、最初は少ないお金しか入ってきませんでしたが、今では1件あたりの単価も高くなり、仕事に忙殺される日々を送っています。

 

だから、仕事をするなら、相手が喜んでくれるように務めるのが一番いいんだなって実感しました。

クライアントが喜んでくれたり、満足してくれたり、サイトの仕上がりを褒めてくれたときは、本当にがんばってよかったなって感じます。

 

自分ひとりでは勉強する気になれませんが、仕事を与えてもらい、クライアントの要求を聴き、それを実現していく。これこそが勉強になっています。

だから仕事と勉強の境界線が非常に曖昧になっているなって最近は思いますね。

というか、人生において、勉強にならないことはなに一つないと思います。

 

手痛い失敗も、浮かれるほどの成功も、どん底の貧乏も、舞い上がるほどのお金を得たときも、きっと何かしら学ぶことができます。

これは対人関係においても一緒ですよね。

 

だから毎日が勉強です。

しんどいなって感じるときもありますけど、それ以上に達成感や人に喜びを与えられる人間になりたい気持ちが強いので、毎日がんばっていけています。

 

ただ、最近の課題としては、一番身近な嫁に迷惑ばかりかけているので、それをどうにかしないといけないと真剣に考えています。多分甘えすぎなんだと思います。もう少し自立できるようにがんばっていきます。

 

今日はそんな感じでさいなら。